F1モナコグランプリ

今晩、11時15分フジテレビ系で放送予定です。

いつもの放送時間より少し早目なので最後まで見ようかなと思っています。

ただ、ゲストに清原というのがねぇ…、半分遊びのつもりなんでしょけど…

それはさておき、モナコGPというのはF1の中でも特別な位置づけにある伝統と格式のあるレースです。

そこで過去にこれ程のデッドヒートはなかったのではという映像をご覧ください。


1992年のアイルトン・セナとナイジェル・マンセルのバトルです。

当時のカラーリングやマシンのデザインがいいですね!

さて今年はどうなるのでしょうか。

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21年前のF1グランプリ

今期のF1グランプリ最終戦がブラジルで行われます。

三つ巴の最終戦となるわけですが、これが21年ぶりとのことです。

マクラーレンのハミルトン、アロンソとフェラーリのライコネンがチャンピオンをかけてレースに挑むわけです。

ここで、21年前について少し語ります。

今のF1と大きく違うのはエンジンでした。

ターボエンジン全盛期で、1500ccのエンジンから1000馬力以上のパワーを生み出すモンスターマシンが走っていたのです。

現在のF1で少しわかり難いのはチームカラーなのではと私は思います。この当時はマクラーレンは赤白のマルボロカラー、フェラーリは深紅の赤、ロータスは黒のJPSカラーというふうにメインスポンサー=チームカラーといった具合だったのです。

21年前、つまり1986年の最終戦も三つ巴で、ウィリアムズのナイジェル・マンセルがポイントリーダーでこれを同チームのネルソン・ピケとマクラーレンのアラン・プロストが追う形だったのです。

最終戦はオーストラリアGPでマンセルがポールポジションで決勝に挑むのですがタイヤトラブルでリタイア、プロストが逆転優勝でチャンピオンに輝いたのです。

マンセルは翌1987年の鈴鹿でもポイントリーダーでありながら予選でクラッシュし決勝レースに出れずこの時もチャンピオンを逃し、無冠の帝王と呼ばれる由縁でもあったのです。

ちなみに、1987年から日本で毎年F1GPが開催されるようになり全レースがテレビでも見れるようになったかと思います。そして日本人として初のフルタイムF1ドライバー中嶋悟がデビューしたわけですが、今回のブラジルGPではその中嶋の実の息子がデビューするということで、年月の流れというのを感じさせられるのかなと思う次第です。

正直、現在のF1はレギュレーションが少し複雑でわかり難いのが個人的な印象で、この20年くらい前がF1が自動車レースの最高峰であり、F1らしかった時代ではなかったのかなと思います。

今晩というか、未明のブラジルGPで今シーズンのチャンピオンが決定するわけで、仮にポイントリーダーであるハミルトンがチャンピオンに輝いた場合史上最年少であるのと同時にルーキーイヤーでのチャンピオンという素晴らしい記録もかかっているのですが結果はどうなることでしょうかね。

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ちなみに、これは当時のロータスの模型です。

アイルトン・セナがドライブしており翌年(1987年)からメインスポンサーがキャメルとなり、この特徴的なJPSカラーは消滅してしまいます。

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1994年5月1日

サンマリノ・グランプリで、ある孤高のレーシングドライバーが死去しました。

アイルトン・セナ・ダ・シルバ

アイルトン・セナが死去した日なのです。

イモラ・サーキットのタンブレロ・コーナーのコンクリート・ウォールに激突して、帰らぬ人となったのです。

TVでも放映され、ある意味ショッキングな出来事だったかと思いますが、既に10年以上の月日が過ぎてしまったのです。

この事故には当初、いろいろと謎めいた事があったわけですが一昨年、法的には結審しているそうです。(この事故の裁判が継続されていたのです。)

数多くの謎から私の思った謎を一つ語ろうかと思います。
実は、このタンブレロコーナーでは、1989年にも大きな事故が起こっているのです。
当時、最新ハイテクマシンだったフェラーリを操るゲルハルト・ベルガーが同じようにコンクリートウォールに激突し、炎が上がる大事故を起こしているのですが、ベルガーは意識を失ったものの手を少し火傷しただけで、命に別状はなかったのです。
その当時のタンブレロ・コーナーの外側は芝生が敷かれていて、ある程度スピードが落ちたのと正面ではなく、サイドから衝突したので、難を逃れたのだったかもしれないかと思っています。
ところが、セナが事故を起こした時は芝生はなくなっておりコンクリート舗装となっていたのです。
そのため、速度は落ちる事無く真正面から衝突してしまったのです。
後で知ったのですが、直接の死因はマシンのパーツがヘルメットに突き刺さり、それによって頭蓋骨にダメージを受け致命傷となったそうです。
もし、そのパーツが少しでも逸れていたら、命を落とすような事はなかったかもしれないともいわれているようです。

この年のセナは長年、育ってきたマクラーレンチームを離れウィリアムズチームに移籍したものの、結果が残せずスランプだったそうです。
そのため、精神的にナーバスになっていたのは事実のようです。それとこのグランプリの予選で、ローランド・ラッツェンバーガーが死亡する事故が起こってしまい、F1グランプリで10年間死亡事故がなかったのが途切れてしまったグランプリでもあったのです。
正に、魔のグランプリとなってしまったわけです。

現在、イモラサーキットは改修され、タンブレロ・コーナーも形を変えています。(ちなみに今年はこのイモラサーキットでのサンマリノグランプリは開催されません)

ある意味、運命を背負った事故なのかなと年月が過ぎるに連れて感じたりもするのでが…。

セナの祖国ブラジルでは5月1日は交通安全の日になっているそうです。

音速の貴公子、アイルトン・セナよ永遠なれ!

当時のウィリアムズとアイルトン・セナです。

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